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外国人と加害事故:ある留学生の経験から学ぶ

2021.12.09

2018年のある晴れた日にそれは起きた

インドネシアの大学を卒業して日本語を学ぶために留学していたA君は、ある晴れた日に友達とファミレスで昼食をとりました。

お腹いっぱいだね、と言って友人たちと別れて駐輪場からいつものように歩道へと出たところ、そこにおばあさんがいました。

おばあさんは転倒して大けがを負うことになってしまいました。

加害者となることを想定していたか

日本に来る外国人のサポートをする当社では、生命保険、医療保険、そのほか様々な損害保険契約を本人たちに紹介し、日本滞在中の様々なリスクに対応できるようにします。

病気、けがなど万一のことを想定してのことですが、正直に言って外国人が事故の加害当事者になることをしっかり認識してわけではありませんでした。この記事では、その認識の甘さがどういったことにつながるのか、経験をシェアします。

救急車やパトカーに囲まれて

おばあさんとぶつかってしまったA君はすぐに119番通報して救急車を呼びます。消防から警察にも連絡が入り、パトカーもかけつけます。いまではその時の混乱が走馬灯のように思い出されるというA君の初期対応はすばらしかったと思います。おばあさんのけがは思ったよりも深刻で、脳神経系統に後遺障害が残るケガと判明してA君は打ちひしがれました。

「外国人は逃げる」という偏見にさらされて

被害者の家族からの電話攻勢が始まったのはその翌日からでした。まだ日本語がよくわからないA君に毎日のように電話がかかり、補償しろとの激しい剣幕です。どうしてよいかわからないA君が私に相談してきたのはその時でした。朝早くや夜遅くに電話をしてきて「逃げるたら承知しないぞ」とすごむ日本人が、A君の知っている日本人から想像できないほどの怖さで、精神的にひどくまいっていました。お電話をされた被害者のご家族の気持ちもわかります。居所がつかみやすい日本人とはちがって、外国人は国外に出て行ってしまったら交渉はたいへんなことになります。「外国人は逃げる」というメディアにあふれかえるイメージにほだされて、なにがなんでもA君の首根っこをつかまえておきたいという気持ちだったと思います。A君は菓子折りを持って被害者のご家族に会いにいき、自分の非を認め、謝罪しました。

法的な対応は外国人には難しい

私はA君に、まず法テラスで相談して弁護士の支援を受けてからご家族との交渉をすべきとアドバイスをしましたが、被害者のご家族がそちらの弁護士にまかせてほしいというご意向を尊重して、被害者側の弁護士にお任せしました。最終的に数十万円の慰謝料をお支払いするという示談が成立することとなりました。逆に法外な慰謝料を請求されて困ることになるのではないかと少し心配しましたが、そのようなこともなく、常識的に考えて妥当な示談であったと思います。良心的なご家族であったので、留学生という立場も尊重してくださり、円満な解決となりましたが、実際のところA君が示談であったり補償などの法的な責任ついて十分に理解できていなかったことが、思わぬタイミングで判明します。

3年で完済

A君は日本語学校を卒業したあと日本の企業に就職しました。そしてその給料から毎月数万円を被害者のご家族に支払い続け、2021年の冬に完済しました。すばらしいですね。

心が折れて国へ帰ってもしかたがないこの状況で、彼は加害責任をしっかり果たし、いまも謙虚に反省をしています。しかし、問題はここからだったのです。

弁護士から「債務不履行」の通知が

A君からの相談もなく3年の月日がながれた昨日、A君から悲鳴にもにたメッセージが突然きました。なんだかすごい金額が書かれた請求書が彼のところに届いたけれど、いったいなんのことかさっぱりわからないという相談でした。

さっそく画像で手紙を全部送ってもらうと、それは債務不履行の通知でした。A君は自転車事故の被害者が労災保険から受け取っていた治療費などを弁済する義務があり、それをぜんぜん払っておらず、つけがたまってとうとうそれが労働局により「不良債権」として扱われることとなっていたのです。数百万円の借金を彼は知らないうちに抱え、そして知らないうちに不良債権とされてしまっていた。なぜこんなことがおこったのでしょうか。

 

労災保険の仕組みや補償や弁済の義務について彼にわかる言葉で説明してなかった

そうなんです。被害者のご家族もまたその弁護士も、「示談の成立」と被害者への直接の「慰謝料」ばかり説明していて、彼にはまだ払うべきお金があり、その金額や支払い方法については労働局が担当であることなどを、ちゃんと彼にわかることばで説明していなかったのです。

私の知り合いの弁護士になんでそんなことになるのか、問い合わせてみました。これがA君と被害者が交わした示談書です。

この示談書にはA君と被害者だけのことしか書いていないように見えます。日本人の私でもこの示談書からほかにまだ債務があるようには見えません。しかし私の知り合いの弁護士が言うには「治療費、休業補償および後遺障害の補償は含まない」と書いている一文が、労災保険の弁済義務のことだというのです。これって、なんだか金融詐欺みたいな話ですね。

日本人でもこうした労災の手続きを実際にわが身で経験してみないとそんな「一文」がまさかそういう意味とは予想もできないでしょう。まして外国人にこれで理解するのはとうてい無理な話しです。

示談書が労働局に送られていなかった

なにも理解していないA君は労働局から示談書を送れという通知をその当時受け取っていたはずですが、なんのことかわからないまま放置していた結果、先の「不良債権」になっていたわけです。被害者のご家族も労働局へ示談の成立については申告されていなかったので、A君は示談にも応じていない、弁済もしない人物と労働局ではみなされていたわけですね。しかしA君は被害者のご家族への送金が自分の反省と誠意をお伝えする義務と思い、せっせと送金していたわけですから、報われない話しです。

労働局は事後的に対応してくれます

私はさっそく上記の状況を労働局にお伝えしたしたところ、ご担当者は状況を理解していただいて善処してくれることを約束してくれました。A君には私の方から彼にわかる言語でしっかりと労災保険の仕組みを伝え、まだまだ払わねばならないお金と責任があることを伝えました。彼はそれをしっかり理解し、いまは彼の経済状況の中で労働局に弁済を続けたいので、分割払いなどの適用を願い出ているところです。A君の責任感は立派です。こんなことになっても、しっかり果たすべき責任を自覚してくれています。

問題はどこに?

私たちは外国人材事業者としてこうした事態についてもっと勉強する必要がありました。示談で安心していたのは当社の落ち度であったと思います。

しかし外国人なら日本語を勉強しろ。どんな複雑な法的通知が届こうと、それを読み解け、というのが今日本の制度が要求していることですが、現実には問題があります。外国人本人にどんな誠意があろうと、難解な日本語を読み解けないと「不誠実」「不履行」「不良」のレッテルをどんどん貼り付けられます。法のレベルでもしっかりと対話ができる環境を整えること、いわば「リーガル多文化共生」が日本の制度施行のマインドとして組み込まれる必要があると、今回の件で痛感いたしました。

法、制度、契約における説明責任に「多言語対応」を含めておくことが肝心と思います。いつ日本はそのような共生社会になるのでしょうね。まだまだ頑張らないといけませんね。法務省は「多文化共生」を盛んに啓発されていますが、このような「足元」でしっかりと多文化共生を進めていただきたいと願っています。