私たちは、日々、日本の産業を支える貴重な人材となる外国人の方々と、深刻な人手不足に直面する企業様との橋渡しをさせていただいております。その中で痛感するのは、受け入れの入口が広がった一方で、「定着」という、より重要で根深い課題が多くの企業様で顕在化しているという事実です。多大なコストと時間をかけて採用した人材が、なぜ数年、あるいは数ヶ月で去ってしまうのか。この問題は、単に一企業の損失に留まらず、日本の未来の労働市場を左右する喫緊の課題であると、私は強い危機感を抱いております。本日は、数多くの現場を見てきた斡旋企業の代表として、外国人労働者の定着に向けた企業の取り組みと、そこに横たわる課題について、私の所見を述べさせていただきます。
国籍のいかんにかかわらず彼/彼女らが最も不安に感じるのは、言葉も文化も違う異国での「孤立」です。その不安を理解し、心理的なセーフティネットを構築することは一つの方法です。 地域の外国人コミュニティとの連携を密にし、相談できる先輩や同郷の仲間と繋がる機会を提 供したり、日本人従業員も交えたバーベキューやスポーツ大会といった交流の場を積極的に設 けたりすることで、「自分は一人ではない」という安心感を与えています。また、煩雑な行政 手続きへの同行や、病気になった際の病院での通訳サポートなど、プライバシーに配慮しつ つ、生活課題に踏み込む支援は大きな心の支えとなります。
外国人の離職理由の最大を占めるのは「人間関係」です。職場の中では特定の社員同士の関 係性が社員の心理的状況に大きな影響を与えるのは誰もが知っていることでありながら、人間 関係は一般に個人的に努力して解決すべきものとしている企業がほとんどと思います。また別の機会に詳しく解説しますが、日本特有のメンバーシップ型雇用では上司に気に入られるかどうかが本人の能力や成果よりも重視する風土を生み、日本独特のゴマすり文化を生んでいます。日本人は上のものに気に入られるためのゴマのすり方は学校やクラブ活動、アルバイトなどで身につけますが、外国人はそれをまったく知りません。そのため、業務上の努力とは全く異なる人間関係上の「努力」を期待され、結局よくわからないまま離職するケースがあとをたちません。日本人同士でもおおいに課題であるこうした実態に向き合っている企業では、ハラスメント研修やチームビルディングなどのトレーニングを行って、人格を傷つけ、物理的、心理的安全を損なう態度の改善と、ポジティブな人間関係づくりのノウハウを導入しようと努力されています。
それに加えて、異文化理解を「双方向」で進めようとする姿勢も効果的な方法です。そうした企業では外国人労働者に一方的に日本のルールや慣習を教えるのではなく、日本人従業員側もまた、 彼/彼女らの文化や宗教、価値観を学び、尊重しようと努めています。異文化理解研修を定期的に開催し、固定観念や偏見を取り除く努力をしたり、時には外国人従業員自身に講師となってもらい、母国の文化を紹介する勉強会を開いたりする企業もあります。こうした相互の学び合いは、コミュニケーションを円滑にするだけでなく、職場全体に多様性を受け入れる土壌を育み、ひいては新たな発想やイノベーションを生み出す原動力にもなり得ます。
しかしながら、多くの企業がこうした理想的な環境を築けずにいるのも、また厳しい現実です。定着を阻む壁は、依然として高く、そして根深く存在しています。
その根源にあるのは、やはり「コミュニケーションの壁」です。業務上の指示が正確に伝わらないことによる生産性の低下や、安全管理上のリスクは言うまでもありません。しかし、問題はそれ以上に深刻です。日常的な会話の不足は、徐々に心の距離を生み、誤解や不信感を育てます。些細なすれ違いが人間関係の溝を深め、気づいた時には修復不可能なほどの孤立感に苛まれている外国人労働者は決して少なくありません。
また、「人手不足だから」という短期的な視点のみで受け入れを進め、その後のサポート体制や、受け入れる現場の意識改革を怠ってしまうケースも後を絶ちません。生活面での相談窓口が名ばかりで機能していなかったり、現場の日本人従業員が、異文化を持つ同僚とどう接すれば良いのか分からず戸惑っていたりする。こうした環境は、外国人労働者に「自分たちは都合の良い使い捨ての労働力なのではないか」という疑念を抱かせ、働く意欲を著しく削いでしまいます。
事前に聞いていた労働条件と、実際の現場との間に齟齬があるという問題も、信頼関係を根底から覆す裏切り行為です。約束されたはずの給与や休日が守られなければ、失望し、会社を去るのは当然のことでしょう。さらに、日本特有の長時間労働や曖昧な指示、ワークライフバランスを軽視する風潮が、彼/彼女らの価値観と相容れず、心身を疲弊させていく現実も見過ごせません。
そして最も根が深いのが、無意識のうちに現れる差別や偏見という「見えざる壁」です。日本人従業員に悪意はなくとも、何気ない言動が彼/彼女らのプライドを深く傷つけていることがあります。「外国人だから仕方ない」といった決めつけや、彼/彼女らの文化的な背景を無視した一方的な指導は、彼/彼女らを「対等なパートナー」ではなく、「一段下の存在」として扱っていることの証左です。こうした小さな棘が積み重なり、やがて組織への帰属意識を完全に失わせてしまうのです。
私たち斡旋企業に課せられた使命は、単に人材と企業を機械的に結びつけることではありません。企業様と外国人労働者の双方にとって、真に実りある出会いを創出し、その関係が長く続いていくよう伴走することこそが、私たちの存在価値であると信じています。だからこそ、企業様には強くお願いしたいのです。どうか、彼/彼女らを「労働力」という記号で捉えるのではなく、感情を持ち、夢を抱き、家族を愛する一人の人間として、そして貴社の未来を共に創る「パートナー」として、心から迎え入れていただきたい。
そのためには、受け入れを決断する前の段階から、社内体制の整備、そして何よりも現場で働く従業員の皆様の意識改革に、全社を挙げて取り組んでいただく必要があります。私たち斡旋企業もまた、紹介して終わり、という旧来のビジネスモデルから脱却し、受け入れ前のコンサルティングから、入社後の定着支援プログラムの策定、異文化理解研修の実施、トラブル発生時の迅速な介入まで、より深く、より長期的な視点で企業様をサポートしていく覚悟です。
外国人労働者の活躍なくして、日本経済の未来は成り立ちません。 彼/彼女らが安心してその能力を最大限に発揮できる環境を整えることは、企業の持続的な成長に直結するだけでなく、日本が多様性を受け入れる成熟した社会へと進化していくための試金石でもあります。企業様と、私たち斡旋企業、そして志を持って来日した外国人労働者自身が、固い信頼関係のもとで手を取り合い、互いに尊重し、共に成長していく。そのような未来を共創していくことこそが、今、私たち全員に求められているのではないでしょうか。